展覧会 No.044
『 自閉空間 』

アーティスト

1939 年福井県生まれ。福井大学工学部卒業。ポーラ化粧品本舗退社後、フリーランスに。
1971─ 96年、東京綜合写真専門学校教職。2000 ─ 13年、大阪芸術大学教授。1975 年頃から約50 年間撮影を続ける被爆地ヒロシマのほか、高度経済成長やバブル経済、祭礼や土俗文化などのテーマによって、変貌する日本の姿を表現してきた。代表作に「自閉空間」(’71 太陽賞)「ヒロシマ 1945 ─ 1978」(’78 伊奈信男賞)「ヒロシマ」(’84 日本写真家協会賞)「土田ヒロミのニッポン」(’08 土門拳賞)。写真集に『俗神』(’76)『砂を数える』(’90)『BERLIN』(’11)『フクシマ』(’18)『Aging』(’22)など。
長期継続ドキュメントとして「フクシマ」(2011─ )の他、広島を相対化するため1999年からベルリン、2005年からエルサレムの取材。セルフポートレイトを1986年から現在まで毎日一枚撮影を続ける「Aging 」は、継続と反復、視覚認知の変化追従不能性を示す試みから「時間/メメント・モリ」というテーマに発展している。
作品はニューヨーク近代美術館、ポンピドゥ・センター、カナダ国立美術館、テート・モダン、東京都写真美術館、東京国立近代美術館他国内外の美術館に所蔵されている。

出版物

ウロボロスのゆくえ(A)

$64.19
在庫有り

2024年9月5日よりAKIO NAGASAWA Gallery Ginzaで開催される「ウロボロスのゆくえ」展に併せて制作された写真集。

※ カバーは両面リバーシブルのデザインになっており、表紙AとBからお選びいただけます。

1989年、世界は大変革を迎えていた。
冷戦構造の崩壊、湾岸戦争勃発、天安門事件、日本では昭和天皇の崩御など、第二次世界大戦後の世界秩序の終焉がまさに自明になった年である。そして1991年、日本経済のバブル崩壊。そんな歴史の潮目の変化を肌身に感じながら、私は二つのプロジェクトを開始させた。1991年から始めた「産業考古学」と1993年からの「Fake Scape」のシリーズである。
「産業考古学」は、日本の高度成長経済を支えてきた基幹産業の生産現場を記録するシリーズ、それを追いかけるように二年後から開始した「Fake Scape」は、大都市郊外の国道沿線(主に国道16号線)に現れていた奇抜で騒々しい意匠デザインの店舗の風景の記録、これらの撮影を2005 年頃まで並行して進めていった。
2021年、キヤノンギャラリーS(東京・品川)にて個展開催の機会を得て、この二つのプロジェクトを同一空間に混在させ「ウロボロスのゆくえ」と命名し、ひとつのイメージ空間として展示を行った。撮影開始から30年、ようやくここに至り、私が1990年代に起想し長年構想を温め続けていた世紀末の日本の危うさを表現し得たと考えたと同時に、これらのイメージは今もなお日本の大状況を示すものとして有効であると考えている。
2024年の現在、デジタルのインフラが加速度的に進行し、生産と消費の循環は従来の概念では捉えられないカタチで変貌し続け、流動的な状況のまま、押し流されているように見える。そのような「今」を考察する上で、あの1990年代を回顧することは意味があると考えている。

– 土田ヒロミ あとがきより

ウロボロスのゆくえ(B)

$64.19
在庫有り

2024年9月5日よりAKIO NAGASAWA Gallery Ginzaで開催される「ウロボロスのゆくえ」展に併せて制作された写真集。

※ カバーは両面リバーシブルのデザインになっており、表紙AとBからお選びいただけます。

1989年、世界は大変革を迎えていた。
冷戦構造の崩壊、湾岸戦争勃発、天安門事件、日本では昭和天皇の崩御など、第二次世界大戦後の世界秩序の終焉がまさに自明になった年である。そして1991年、日本経済のバブル崩壊。そんな歴史の潮目の変化を肌身に感じながら、私は二つのプロジェクトを開始させた。1991年から始めた「産業考古学」と1993年からの「Fake Scape」のシリーズである。
「産業考古学」は、日本の高度成長経済を支えてきた基幹産業の生産現場を記録するシリーズ、それを追いかけるように二年後から開始した「Fake Scape」は、大都市郊外の国道沿線(主に国道16号線)に現れていた奇抜で騒々しい意匠デザインの店舗の風景の記録、これらの撮影を2005 年頃まで並行して進めていった。
2021年、キヤノンギャラリーS(東京・品川)にて個展開催の機会を得て、この二つのプロジェクトを同一空間に混在させ「ウロボロスのゆくえ」と命名し、ひとつのイメージ空間として展示を行った。撮影開始から30年、ようやくここに至り、私が1990年代に起想し長年構想を温め続けていた世紀末の日本の危うさを表現し得たと考えたと同時に、これらのイメージは今もなお日本の大状況を示すものとして有効であると考えている。
2024年の現在、デジタルのインフラが加速度的に進行し、生産と消費の循環は従来の概念では捉えられないカタチで変貌し続け、流動的な状況のまま、押し流されているように見える。そのような「今」を考察する上で、あの1990年代を回顧することは意味があると考えている。

– 土田ヒロミ あとがきより