サイン入り
記録42号
サイン入
ぼくが初めて写真を写したカメラは「スタート」という名のベークライト製のおもちゃカメラだった。岡町駅(豊中市)近くの商店街の模型屋のお兄さんの口車につい乗せられて買ってしまったが、その小さな黒い箱になんとなく秘密めいたものを感じ、写す興味などないままにブツの魅力に惹かれてしまったのだ。一応カメラということなので、ほくは家に持ち帰って、さしたる思い入れもなく、庭に咲く草花や、飼犬や、隣りの畑に立つ、高く銀色に光る水道タンク、そしてタンクに沿ってつづく土手の上の白い道、縁側に座る姉と弟を撮したあたりですでに写す興味も失せてそれっきりになってしまった。小学校6年生の頃だった。
(中略)
しかるにというかところがというか、上記したあれこれの情景もなにもかもの一切が、全ていずこかへかき消えてしまっている。つまりネガもプリントもないということで、もうぼくの記憶に引っかかっているばかりである。じつにダメなやつという以外に言葉もない。ただ、ふっと思ってみると、ぼくがこれまでに写してきた数多くの写真のイメージのほとんどは、じつはかき消えてしまった光景や情景への追憶と追走ではないかという気がするのだ。つまり、性癖というか、本質は、何ひとつ変わっていないのだと。
-森山大道 あとがきより一部抜粋
- 判型
- 280 x 210 mm
- 製本
- ソフトカバー
- 頁数
- 132頁
- 発行年
- 2019
- 出版社
- Akio Nagasawa Publishing
森山大道
Daido MORIYAMA
1938年大阪生まれ。写真家・岩宮武二、細江英公のアシスタントを経て1964年に独立。写真雑誌などで作品を発表し続け、1967年「にっぽん劇場」で日本写真批評家協会新人賞受賞。1968-70年には写真同人誌『プロヴォーク』に参加、ハイコントラストや粗粒子画面の作風は“アレ・ブレ・ボケ”と形容され、写真界に衝撃を与える。
ニューヨーク・メトロポリタン美術館やパリ・カルティエ現代美術財団で個展を開催するなど世界的評価も高く、2012年にはニューヨークの国際写真センター(ICP)が主催する第28回インフィニティ賞生涯功績部門を日本人として初受賞。2012年、ウィリアム・クラインとの二人展「William Klein + Daido Moriyama」がロンドンのテート・モダンで開催され、2人の競演は世界を席巻した。2016年、パリ・カルティエ現代美術財団にて2度目の個展「DAIDO TOKYO」展を開催。2018年、フランス政府より芸術文化勲章「シュヴァリエ」が授与された。2019年、ハッセルブラッド財団国際写真賞受賞。
2021年、パリのMEP(ヨーロッパ写真美術館)にて東松照明との二人展「Tokyo: 森山大道+東松照明」を開催。2022年、アムステルダムやローマ、サンパウロ、北京で個展を開催するなど、現在も精力的に活動を行っている。