サイン入り
記録48号
サイン入
先夜、ふとその気になって横須賀に出掛けた。8時を過ぎていたが、京浜・横須賀中央駅裏の飲み屋街<若松マーケット>は、うちつづくコロナのもと、あの賑わう店々の灯りがすっかりと消え去って、人影もまばらな、ただ仄暗い夜の路上と化していて、酔客の群れなどどこにも見つからなかった。ぼくは辺りの暗がりに向けて10数枚シャッターを切っただけで大通りに出ると、足は自然と<ドブ板通り>の方へと向かうことになる、しかしそのドブ板通りの灯りの点く店はまばらで、通りすがる人影もうすく、ただただ寂しいばかりだった。
ぼくは心の内で呟いた。それはそうだ、若かったぼくが、カメラを手にうろつき歩いたあの頃の横須賀は、もうとうに半世紀以上もまえの、あのベトナム戦争まっ只中の<ヨコスカ>の街だったわけだから…。
ぼくが、自らの写真の方向を、ストリート・スナップの方へとはっきり定めて写したのが横須賀であり、フリーカメラマンとなって一年目、25才のときだった。“絶対「カメラ毎日」誌に写真を持ちこんで、必ず掲載してみせるぞ” と、一人決意し意気ごんで撮りはじめたことを覚えている。そして、それからはカメラを片手に連日横須賀の街から町へ、大通りから路地裏へとうろつき歩いてシャターを押しまくる日々だった。
もともと基地の街の在りようは子供の頃から知っていたし、ぼくの体質にも合っていたわけで、横須賀を写すことの面白さも、相反する怖さも、ぼくは撮りたい一心で乗りこえていたと思う。
たった二日余りの撮影にしか過ぎなかったが、半世紀という時の経過による横須賀という街の変容と、そこを通りすがる現在(いま)のぼくが感応する、どこかよそよそしい街の景色との間に、時間と時代の変容が写し出されているのかもしれない。
−森山大道あとがきより
- 判型
- 280 x 210 mm
- 製本
- ソフトカバー
- 頁数
- 136頁
- 発行年
- 2021.9
- 出版社
- Akio Nagasawa Publishing
森山大道
Daido MORIYAMA
1938年大阪生まれ。写真家・岩宮武二、細江英公のアシスタントを経て1964年に独立。写真雑誌などで作品を発表し続け、1967年「にっぽん劇場」で日本写真批評家協会新人賞受賞。1968-70年には写真同人誌『プロヴォーク』に参加、ハイコントラストや粗粒子画面の作風は“アレ・ブレ・ボケ”と形容され、写真界に衝撃を与える。
ニューヨーク・メトロポリタン美術館やパリ・カルティエ現代美術財団で個展を開催するなど世界的評価も高く、2012年にはニューヨークの国際写真センター(ICP)が主催する第28回インフィニティ賞生涯功績部門を日本人として初受賞。2012年、ウィリアム・クラインとの二人展「William Klein + Daido Moriyama」がロンドンのテート・モダンで開催され、2人の競演は世界を席巻した。2016年、パリ・カルティエ現代美術財団にて2度目の個展「DAIDO TOKYO」展を開催。2018年、フランス政府より芸術文化勲章「シュヴァリエ」が授与された。2019年、ハッセルブラッド財団国際写真賞受賞。
2021年、パリのMEP(ヨーロッパ写真美術館)にて東松照明との二人展「Tokyo: 森山大道+東松照明」を開催。2022年、アムステルダムやローマ、サンパウロ、北京で個展を開催するなど、現在も精力的に活動を行っている。