サイン入り
記録56号
サイン入
京浜急行・横須賀駅前通りを渡って一寸奥に入った一帯に「若松マーケット」と称せられる昭和も懐かしき飲み屋街の一画がある。
ぼくはいま、一寸他用もあって足繁く横須賀の街路を歩いているが、数年前に「記録」誌の撮影もあって、この飲み屋街の周辺を撮り歩いたことがあり、それ以来の「若松マーケット」ということになる。裏道りに紛れ込むと、どこか新宿「ゴールデン街」を思わせる匂いもあって、ぼく好みというか、ぼくの体質に合う街路で、いまもつい通りすがりにシャッターを押してしまうことになる。ところが、それに反するというか、かつて日夜のごとく撮し回っていた、あの、あまりにも横須賀を代表する「ドブ板通り」の様相が、いまのぼくにとっては全くつまらなくなってしまったのだ。たしかに、通りや周辺の在り様が大きく違ってしまったわけではないが、そして“スカジャン”の店も在るにはあるが、なんと言っても街路の雰囲気や街路を行き交う人々の匂いが、あまりにも変容してしまったのだ。それは確かに、60年前にぼくがウロチョロしながら、これこそヨコスカ!と思い込んでいたあのヨコスカ風景を今更思ってみたところで栓ない話しだが、あの一種異様な夜の光景、オンリーさん達が肩で風を切っていた夕暮れの街景は一体何処へ消えてしまったのだろうかとつい思ってしまうのだ。言うまでもなく、時代、年代、世代は当然のことと思う他ないし、その通りだとも思うのだけど。ただ、横須賀線の横須賀駅前や汐入駅辺りから望遠する海景や基地に在る艦船やクレーンの光景は、そのまま当時の横須賀を思い出させてくれている。
そしてぼくは、現在の横須賀の街区を歩きながら、ふと微苦笑してしまうことになる。なんだ、オレの写真って、ヨコスカから始まって、まさか横須賀で終わってしまうんじゃねえだろうなぁってさ。ても、どっこい、そうはいかねえぞ、オレ。
横須賀は好きな町だけどね。
-森山大道 あとがきより
- 判型
- 280 x 210 mm
- 製本
- ソフトカバー
- 頁数
- 120頁
- 発行年
- 2024.2.29
- 出版社
- Akio Nagasawa Publishing
森山大道
Daido MORIYAMA
1938年大阪生まれ。写真家・岩宮武二、細江英公のアシスタントを経て1964年に独立。写真雑誌などで作品を発表し続け、1967年「にっぽん劇場」で日本写真批評家協会新人賞受賞。1968-70年には写真同人誌『プロヴォーク』に参加、ハイコントラストや粗粒子画面の作風は“アレ・ブレ・ボケ”と形容され、写真界に衝撃を与える。
ニューヨーク・メトロポリタン美術館やパリ・カルティエ現代美術財団で個展を開催するなど世界的評価も高く、2012年にはニューヨークの国際写真センター(ICP)が主催する第28回インフィニティ賞生涯功績部門を日本人として初受賞。2012年、ウィリアム・クラインとの二人展「William Klein + Daido Moriyama」がロンドンのテート・モダンで開催され、2人の競演は世界を席巻した。2016年、パリ・カルティエ現代美術財団にて2度目の個展「DAIDO TOKYO」展を開催。2018年、フランス政府より芸術文化勲章「シュヴァリエ」が授与された。2019年、ハッセルブラッド財団国際写真賞受賞。
2021年、パリのMEP(ヨーロッパ写真美術館)にて東松照明との二人展「Tokyo: 森山大道+東松照明」を開催。2022年、アムステルダムやローマ、サンパウロ、北京で個展を開催するなど、現在も精力的に活動を行っている。