稀少、サイン入り
記録8号
サイン入
3年間こだわって通ったハワイの撮影が終わり、写真集も出来上がり、只今、炎署の8月、ほんの少しだけホッとひと思ついたところだ。
ハワイの写真への評価はきっといろいろあるとは思うが、ぼくの気持ちのなかでは、肩の荷を一つ降ろした思いである。
本当なら、1ヶ月くらいポケーッとして過ごしたいところであるが、諸事あれこれとあって、なかなかそういうわけにもいかず、クソ暑い来気でうろちょろと、ゴキブリと化してうごめいている。あれこれとめすことがあるだけでも有難いと思え、という内心の声がきこえてくるが、反面、あーもーヤだヤだという声もきこえてくる。もとより、全て身から出たサビでしかないが、いい歳をして、自らの身ひとつままならないのが現状なのだ。
ハワイがやっと終わったのだから、面は我が本来のテリトリーである日本へとカメラを向けるべきであるが、それがそうもいかない。
このあと、先約のあるブラジルのサンパウロとメキシコ・シティの二つの都市を歩かないと、ぼくの国外撮影にケリがつかないわけだ。
これら二つの都市を写す興味も理由もむろんあって、然それへの思いも強いが、一方で、早く日本を写したいという思いももだしがたくある。
メキシコ・シティやサンパウロの撮影をひとまず別とすれば、いま、ぼくがいちばん惹かれている対象は東京である。ここ数年の間、ぼくの気持ちの底の方に、ごく自然に、あるいは当然のごとく浮上した次なる対象が東京であった。ハワイの本を編集する過程あたりで、もし次に、ぼくのルーティン・ワークとしての写真集を作るとしたら、それは東京を写す写真以外にはありえない、という確に近い決めである。つまり、カメラと共にこだわりっづける他ない新宿に向けて、いったんその範囲をぐっと広げて、まず東京の外郭に沿って、じょじょに東京の街区をカタツムリの渦巻き状に写し辿って、いちばん最後に新宿の街路へと行き着こうという撮影プランである。
ぼくの東京暮らしもすでに47年余りとなるが、よく東京を識っているなどとは、ハシが転んでも言えたものではない。ずいぶんと、東京のあちこちを写し歩いたつもりではいても、実際は、レンコンの穴状に抜け落ちている街区がほとんどであることが、もうずうっと以前から気掛かりとなっていた。その気掛かりを、さてこれから始めてみるか、というわけである。例えば京成沿線の、立石とか青砥とか小岩とか、そのあたりから歩きはじめてみたい気がする。きっと向こう数年間は、そんなことがぼくの生きるすべになるはずだ。そしてまた、新宿に戻ろう。
-森山大道 あとがきより
- 判型
- 280 x 220 x 2 mm
- 頁数
- 48頁
- 製本
- ソフトカバー
- 発行年
- 2007
- 出版社
- Akio Nagasawa Publishing
森山大道
Daido MORIYAMA
1938年大阪生まれ。写真家・岩宮武二、細江英公のアシスタントを経て1964年に独立。写真雑誌などで作品を発表し続け、1967年「にっぽん劇場」で日本写真批評家協会新人賞受賞。1968-70年には写真同人誌『プロヴォーク』に参加、ハイコントラストや粗粒子画面の作風は“アレ・ブレ・ボケ”と形容され、写真界に衝撃を与える。
ニューヨーク・メトロポリタン美術館やパリ・カルティエ現代美術財団で個展を開催するなど世界的評価も高く、2012年にはニューヨークの国際写真センター(ICP)が主催する第28回インフィニティ賞生涯功績部門を日本人として初受賞。2012年、ウィリアム・クラインとの二人展「William Klein + Daido Moriyama」がロンドンのテート・モダンで開催され、2人の競演は世界を席巻した。2016年、パリ・カルティエ現代美術財団にて2度目の個展「DAIDO TOKYO」展を開催。2018年、フランス政府より芸術文化勲章「シュヴァリエ」が授与された。2019年、ハッセルブラッド財団国際写真賞受賞。
2021年、パリのMEP(ヨーロッパ写真美術館)にて東松照明との二人展「Tokyo: 森山大道+東松照明」を開催。2022年、アムステルダムやローマ、サンパウロ、北京で個展を開催するなど、現在も精力的に活動を行っている。