サイン入り
HOKKAIDO
限定版/限定600部/サイン&ナンバー入/キャンバスにシルクスクリーン刷表紙
(…)着いた六月の札幌は、冷えびえとした空気のなかで淡紫色のライラックの花房が路地や家々の軒下でふるえているような寒さの日々であった。梅雨のないかわりに連日風が吹きまいて街や大通りを白く染めあげていた。僕は自分に固く約束したとおり、毎朝つとめ人のようにカメラを持って街に出た。友人や知人とも会うつもりはなかった。ほとんど三カ月間僕はまったくひとりだった。駅で切符を買ったり喫茶店でコーヒーを注文したり、たまに電話を掛けるぐらいの日常最低限の会話以外はずっと押しだまって暮らしていた。持参の睡眠剤はすぐに切れ、酒も飲まず長い夜をじっと本ばかり読んですごしていた。毎日撮る写真にもうひとつ手ごたえがなく、冷えこむアパートの部屋で離人症と失語症、そして不眠症をかかえ込んで途方にくれていた。つまり、その生活の発想自体がどこか逃避と隔離という甘えと幻想のうえに成り立っていたので、唯一の名分である写真を撮ることの本音がかんたんに建前と逆転してしまったのである。そんなうしろめたさの日々をくり返したのち、夏の終わりとともに帰京することにした。結局なにひとつ事態は進展 しなかったが、あちらこちらと歩くだけは歩いたことの実証として、とりあえず二百五十本の撮影済みフィルムだけは手もとに残った。
-森山大道 あとがきより抜粋
- 判型
- 217 x 303 mm
- 頁数
- 72頁
- 製本
- ソフトカバー
- 発行年
- 2022.10.22
- 出版社
- Akio Nagasawa Publishing
森山大道
Daido MORIYAMA
1938年大阪生まれ。写真家・岩宮武二、細江英公のアシスタントを経て1964年に独立。写真雑誌などで作品を発表し続け、1967年「にっぽん劇場」で日本写真批評家協会新人賞受賞。1968-70年には写真同人誌『プロヴォーク』に参加、ハイコントラストや粗粒子画面の作風は“アレ・ブレ・ボケ”と形容され、写真界に衝撃を与える。
ニューヨーク・メトロポリタン美術館やパリ・カルティエ現代美術財団で個展を開催するなど世界的評価も高く、2012年にはニューヨークの国際写真センター(ICP)が主催する第28回インフィニティ賞生涯功績部門を日本人として初受賞。2012年、ウィリアム・クラインとの二人展「William Klein + Daido Moriyama」がロンドンのテート・モダンで開催され、2人の競演は世界を席巻した。2016年、パリ・カルティエ現代美術財団にて2度目の個展「DAIDO TOKYO」展を開催。2018年、フランス政府より芸術文化勲章「シュヴァリエ」が授与された。2019年、ハッセルブラッド財団国際写真賞受賞。
2021年、パリのMEP(ヨーロッパ写真美術館)にて東松照明との二人展「Tokyo: 森山大道+東松照明」を開催。2022年、アムステルダムやローマ、サンパウロ、北京で個展を開催するなど、現在も精力的に活動を行っている。